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神戸地方裁判所 昭和28年(ワ)778号 判決

原告 江原次良

被告 西宮自動車運送株式会社

主文

被告は原告に対して金三十八万円及びこれに対する昭和二十八年八月二十二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金十二万円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

訴外江原つやこが昭和二十七年四月十八日午後十時頃神戸市長田区五番町三丁目五十一番地道路上において、訴外藤本幸吉の運転する貨物自動車(車輛番号兵一―二二九七四号)に衝突して、同日午後十一時頃脳挫創並に肝破裂による失血のため死亡したことは当事者間に争がない。

まづ、本件事故が右訴外藤本幸吉の過失によつて生じたものであるかどうかについて判断する。

成立に争のない甲第三号証の二乃至十七によると、訴外藤本幸吉は昭和二十七年四月十八日午後十時頃神戸市兵庫区福原町四十一番地の一飲食店佐々木清子方で飲酒后同女方附近道路上より同市長田区池田丘町九番地の二の自宅まで酒気を帯びたまま前記貨物自動車を運転し、同市長田区五番町二丁目附近直線道路上を市電軌道西行路線沿いに東より西に向つて時速約三十粁をもつて進行していたが、右五番町二丁目市電停留所の西方約三十米の地点を南より北に向い横断しようとしている前記つやこの姿を看過し、自動車の正面前方約一米半に接近するに及んで漸くこれに気附き、急遽ハンドルを左に切り衝突を避けようとしたが間に合わず、同女を自動車前部に衝突させてはねとばした事実が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。凡そ直線道路上を進行する自動車運転者は不断にその前方を注視し、特に前方道路上を横断しようとする者がないか注意を払い、横断者のあるときは警笛を吹鳴し又はその速度を調節する等危険の発生を未然に防止すべき注意義務があることは勿論であるから、訴外藤本幸吉が前認定の如く酒気を帯びたまま漫然運転進行を続け至近距離に達するまで右つやこに気附かず、遂に本件事故を惹起したことは前記注意義務に違背したものであつて過失の責を負うべきものといわなければならない。

つぎに、本件事故につき被告に損害賠償責任があるかどうかについて判断する。

被告が自動車運送事業を営む株式会社であることは当事者間に争がなく、また、被告は昭和二十八年十月六日の本件準備手続期日において、訴外藤本幸吉が被告の被用者であることを認めながら、その后昭和三十年一月十三日の本件準備手続期日において右自白は真実に反し、かつ、錯誤に出たことを理由としてこれを取消し、同訴外人が被告の被用者である事実を否認したけれども、右自白が真実に反し、かつ、錯誤に基いてなされたことについてはこれを認めるに足るなんらの証拠がないから、右自白の取消はその効力がないものというべきである。そして、本件事故は右訴外藤本幸吉が被告の営業たる自動車運送事業に従事中惹起したものであることは前掲甲第三号証の九、十六により認められるから、被告は被害者つやこ、同女の夫原告に対し前記不法行為につき損害賠償責任があることは明白である。

そこで、本件事故によつて生じた損害の額について判断する。

前記つやこが大正十年一月二十八日出生し、本件事故発生当時満三十一年の女子であつて、国鉄三宮駅構内みかど食堂に勤務し、毎月金七千円の実収入があつたことは当事者間に争がなく、原告本人尋問の結果によればつやこの生活費はその収入の二分の一以下であつたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はないから、少くとも実収入の二分の一がつやこの純益収入であつたとみることができる。成立に争のない甲第六号証によれば満三十一年の女子の将来の生存平均年数は三十七年余であることが認められるが、特段の事情のない限りこの種の労働に従事しうる期間はそのうち満六十年までの二十九年間であると認めるのが相当であるから、右つやこは本件事故がなければ二十九年間は前記勤務に従事し、その間少くとも前記実収入すなわち年額金八万四千円をうることができたはずであり、前認定の生活費二分の一を控除した同女の純益収入は年額金四万二千円、右二十九年間において合計金百二十一万八千円となり、これがつやこの将来うべかりし利益であつて、同女は本件事故によつてこれを喪失し同額の損害を蒙つたものである。しかし、右金額は二十九年後に至るまで漸次うるはずのものであるから、一時に損害の賠償を求めるためホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現在の価額にすると金七十四万四百三十一円となり、これが本件事故によりつやこが受けた損害の額として被告に対しその賠償を請求できるものと認めるのが相当である。そして、原告が同女の夫であることは当事者間に争がないので、右つやこの死亡により原告は相続人として右損害の請求権を承継したものといわねばならない。

次に原告の慰藉料について考えてみるのに、成立に争のない甲第一、五号証並に原告本人尋問の結果によると、原告は昭和十八年二月つやこと婚姻したが、昭和二十四年五月頃結核に罹り国立兵庫療養所に入所してからは、つやこが前記食堂に勤務し原告に仕送りをつづけて来たが、同女の死亡により入所療養をつづけることができなくなり右療養所を退所したこと、原告は特別の資産もないが結核のため就労不能の状態にあるため、現在生活保護法による生活扶助並に医療扶助を受けて通院療養をつづけていることを認めることができ、右つやこの死亡によつて原告が甚大な苦痛を受け、将来も受けるであろうことは察するに難くない。以上認定の事実に被告の資産状態等諸般の事情を考えると、つやこの死亡により原告の蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料額は金八万円が相当であると認める。

してみると、被告は原告に対し右損害金のうち金三十万円、慰藉料金八万円合計金三十八万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和二十八年八月二十二日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて、原告の本訴請求は爾余の争点に関する判断をなすまでもなく、右認定の限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本昌三 前田治一郎 浅野芳朗)

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